母の命日でした。1年まえの今日のことをゆっくりと思い出していました。その日、そのさなかに弾いていた劇伴収録作品は一生忘れられない曲になるでしょう。この1年は、スローモーションのように家族との節目を過ごしてきました。父はとても寂しがっているのだけれどわたしの目から見れば、以前と変わらず母はいまも父のそばにいつもいてリビングを温かく包んでくれています。
NORIKO☆TAKAYAMA
NOTEを更新しました。【スタジオから眺めたあれこれ】3週間ぶりに本日からスタジオ稽古再開しました☆しばらくは床をふむだけですが嬉しくてたまりません◎
母の命日(2月13日)の一周忌。千葉みなとへ里帰りしていました。昔は料理をあまりしなかった父も今や毎日自炊し、日曜日の朝食はフレンチトースト。母の生前の習慣をなぞっています。今朝は、妹と3人で父の作った朝食をいただき一周忌を迎えた母を偲びました。
昨年の大みそか、千葉の実家のテレビでジルベスターを観ていたとき一瞬ステージに、寝台のままのお姿で出てこられてあまりにも小さくなられたお姿にショックを受けました。昔、上野の東京文化会館のコンサートで客席にいらっしゃるところをお見掛けして力づよいオーラに感動したことを今でも忘れられません。
小澤征爾さんのご冥福をお祈り申し上げます。NORIKO☆TAKAYAMA
シンプルに考えれば弓の毛の本数ぶんだけ「音の幅」を表すことができます。(音色という概念を加味すればそれ以上)一本だけで弾く、そのあと3本くらいへ移行する弓の場所で本数をフェイドアウトする・・など細かい計算を実現するために、はじめは「粒子」の単位から音を紡いでいます。NORIKO☆TAKAYAMA